五箇山を訪れた 有名作家の足跡をたどってみよう! その@

司馬遼太郎 街道を行く
「郡上・白川街道」より

〜 桃 源 郷 〜

 作家 司馬遼太郎がこの五箇山の地を訪れたのは,昭和47年のこと。週刊朝日に連載、後に「街道を行く」として世に出される地方取材の一環として、岐阜方面から北上して五箇山に。村上家を訪問後、西赤尾に宿をとった。
本文は、「五箇山の村上家」編と、「山ぶどう」編の2部構成からなる.

〜文中より〜
“・・・山里としてはこの五箇山郷の方がはるかに天離って下界に遠く、さらには独立性の強い文化を持つあたり、文字通り日本の桃源郷とよばれてもよさそうである。
時が止まったかのようにたたずむ集落

〜 信 仰 の 里 〜

 司馬が宿泊した宿の向かいには、蓮如の弟子として
有名な「赤尾道宗」が開いた行徳寺がある。
 五箇山は、浄土真宗が盛んな土地で、いまでも村人たちは、信仰を大切に生活を営んでいる。
 それは、「後生の一大事」を生涯心にかけた妙好人道宗の聴聞の姿による感化 が大きい。

〜文中より〜
・・・住職の道宗さんに、有名な道宗の二十一箇条という
ものの原本を見せてもらった。(中略)
 しかし箇条を追うにしたがって、自分の原罪を深く恥
じ、それをあさましく思うことを繰りかえし書きつづけ
ているあたり、思い雪が屋根にかぶさっている夜、ほた
火のあかりのもとで禿筆をなめつつ書いたであろう道宗の、それも火照りにうごく影が見えるような気がする。
                       ・・・
ゅうしょくの
真宗の古刹 行徳寺

〜 酒 は 体 の“油” 〜

現在も変らぬ場所で旅人に憩いの場を提供する
「赤尾館」。
ここで一行は、五箇山独特の深山料理に舌鼓を打つ。
〜文中より〜
・・・吸物のみは、ごぼうと肉が一切れである。肉はあぶらみがあって、どこかあま味がある。熊の肉だった。(中略)
食事半ばにコツ酒というものが出てきた。
大きな深皿に、よく焼いたイワナが一尾ずつ入っている。焼きたてでなければならない。それへ、銚子の酒を二本、じゅっと音の鳴るような注ぎ方で注ぎこむのである。(中略)
イワナの骨酒
 ■滞在した「赤尾館」

雪に閉じ込められた五箇山というのは意外な美味を考案している。江戸期の加賀の殿様には、五箇山のこのコツ酒がすきで、季節になるとコツ酒はないか、と膳部の役人に催促しては・・・


 いまもかわらず旅人に山の味を提供する宿として人気の赤尾館。
かつては貴重なタンパク源として珍重された熊肉や堅とうふ、川魚の料理が味わえる。
宿の女将に、当時のことを機会があればぜひ訊ねてみたいものである。


 その他にも、後に世界遺産に登録されることになる合掌造り集落や重要文化財の村上家などを見学、地元民との対話を求めた。
 そして、村上家をはじめ、五箇山に残された合掌造りや生活用具を見て、日本の道具や文化は、中国朝鮮よりもずっと優れていたと、司馬は実感する。
 「酒は体の油」とは、長く厳しい五箇山で生活する為には酒を飲むことで気がまぎれるだから酒を飲め、という意味で、村上家の当主が語ったことばを、司馬が書き留めたもの。
■重要文化財「村上家」



お 問 合 せ 先
 赤 尾 館   0763−67−3321
 行 徳 寺   0763−67−3211
 村 上 家   0763−66−2711


〜司馬遼太郎について〜
本名・福田定一。「竜馬がゆく」「坂の上の雲」など数多くの歴史小説で
幅広い読者に愛された国民的作家。作家になる前は、産経新聞の新聞記者だった。
「街道を行く」第四巻は、昭和49年1月の初刊である